相手によっては、なんだか感情的に発狂されそうな内容ですが‥(苦笑)

まあ、イスラム教についてですね‥

イスラム教って、多くの日本人が気づかれているように、ある種の傲慢さがあるんですよね‥

例えば、男の中から罪が無くなったわけではない

なのに自分に罪はない、全て女のせいだとふんぞり返っている

(まあつまりお祈りとか断食なんかも、ある一定の効果はあれど、結局のところ努力を諦めていると言いますか、いずれは限界を迎えてなあなあになったり、あるいは教えや実践そのものが形骸化する可能性すらあるわけですね‥キリスト教なんかもそんな気がしますが 苦笑 科学的根拠ガーとか言ってすぐ健康食品や医療に頼るみたいなね‥泣)

自分に罪のある自覚があれば、もう少し女性に対しても容赦できるわけなはずよ、と

そもそも「天国へ行けば‥」の、天国が甘過ぎる

キリスト教ではそもそも「そんな姦淫も飲酒もしない方が幸せよ」と、「悟って」実践している(そんな目先のことよりも神様を愛する方が素晴らしい、と‥そう思わないのであれば自然と信仰をやめていくでしょう だから他人に信仰は強制するものではないんですよね‥まあなんか道徳みたいな方面によく使われている気もしますが)

だからあの人ら(イスラム教)は、宗教をやっている、真理を追究している、等というよりは、どんどん社会秩序の維持みたいな方になっていってるんですよと(それが良い悪いという話ではありません。というより真理に根ざしていなければ、結局は「宗教だから何でもいいのか」になってしまう 例えば、あちらの地域では、日本のような海に囲まれた孤立したところではなく、外国人の往来もきわめて地理的に致し方なく多くなってしまうため、治安が‥などの事情が根ざしていたりするわけです 私もそこまで詳しくはありませんが、まあ〜日本人がなんとなく納得できる理由みたいなものは、おおよそ治安とかになってるんじゃないですかね)

そんなんだから、傲慢にも74歳の老人と16歳の少女を結婚させようなんてことが平気でできるわけよと‥

(まあつまりキリスト教は詰めれば、「神様を愛する」ということを最重視するわけです 社会秩序の維持とか、そういうことももちろん隣人のためにもやりますが、結局最終目的は天国へ入って神様と愛を成すことなので‥まあ隣人を愛すると神様がお喜びになるわけです そのある隣人にとって嬉しいことをしてあげたら(もちろん神様の基準もありますが‥)、神様もお喜びになるわけです‥ それこそが救いなのだと悟った人しか信仰までしませんし、なかなか長続きもしないんじゃないですかね。まあよく淫乱な女が「神様なんかよりアタシの方を愛してよ!!!」みたいな話もありがちっちゃありがちかもしれませんが、現実的には女性の場合は、子供にやられる可能性が高いですかね‥一応、旧約聖書にも、これは男性ですが「信仰の祖」と言われるアブラハムの話がありますが、これは有名かもしれませんね)

“律法学者たちとファリサイ派の人々、あなたたち偽善者は不幸だ。杯や皿の外側はきれいにするが、内側は強欲と放縦で満ちているからだ。

ものの見えないファリサイ派の人々、まず、杯の内側をきれいにせよ。そうすれば、外側もきれいになる。”

――マタイによる福音書23章25-26節

“「人から出て来るものこそ、人を汚す。

中から、つまり人間の心から、悪い思いが出て来るからである。みだらな行い、盗み、殺意、

姦淫、貪欲、悪意、詐欺、好色、ねたみ、悪口、傲慢、無分別など、

これらの悪はみな中から出て来て、人を汚すのである。」”

――マルコによる福音書7章20-23節

(イエス・キリストは自分の心にある悪い思いを悔い改めろ、清めろと仰るわけです。死んだら酒池肉林(一応、淫乱みたいな意味は誤用のようですが!笑)……なんて考えている人は、全然駄目なわけです、一応人間にある欲望の全てを全否定しているわけではありませんが‥)

(また、イエス・キリストというのは、このファリサイ派・律法学者らの嫉妬を買い、あそこまで迫害されてしまったわけですが、もうまさにイスラム教の指導者をみていると、こちらそのままだなと遺憾の意を抱かざるを得ません‥)

(ファリサイ派・律法学者というのは、とても高慢だったゆえに、あんなにもキリストに対し嫉妬を燃やし、迫害したのだそうです。つまり、「真理」よりも自分たちの私利私欲とか、そういうものの方が彼らにとっては大事だったということです。いますね、自分たちは偉いとふんぞり返って椅子に張り付き、すべきことをしない‥なんて話はうんざりするほどありますね。この国だと、いちいちやたらと戦前回帰しようなんて言う人たちですかね。もっと深化や発展をさせようとか、改革をしようとかそういう方には行かないわけです、ずっと既得権益みたいなものを貪っていたいので、みんなには馬鹿になってもらわなくては困るのでしょう。現実に私たちの身に降りかかっていることなので、どこまでも恐ろしい話です。)

コメントを残す