“愛というのは、相手の愛を失うまいとして、むしろ相手からもっと愛されようとして、相手のために自分の全てを捧げようとすることだ。”
新約聖書で、マグダラのマリアという女性が、イエス様に香油の壺を割って捧げるシーンがあります
この時、イエス様の弟子たちは、「お金に換えれば良かったのに」と言いますが、イエス様はその女性を誉め称えられました
その香油の壺は、極めて高価なもので、その時代の女性ですと、結婚のためのものと考えられます
よろしければ新約聖書を読まれてみてください。
以下、新約聖書「マタイによる福音書」26章6〜13節より
“さて、イエスがベタニアで重い皮膚病の人シモンの家におられたとき、一人の女が、極めて高価な香油の入った石膏の壺を持って近寄り、食事の席に着いておられるイエスの頭に香油を注ぎかけた。
弟子たちはこれを見て、憤慨して言った。
「なぜ、こんな無駄遣いをするのか。高く売って、貧しい人々に施すことができたのに。」
イエスはこれを知って言われた。
「なぜ、この人を困らせるのか。わたしに良いことをしてくれたのだ。貧しい人々はいつもあなたがたと一緒にいるが、わたしはいつも一緒にいるわけではない。この人はわたしの体に香油を注いで、わたしを葬る準備をしてくれた。はっきり言っておく。世界中どこでも、この福音がべ伝えられる所では、この人のしたことも記念として語り伝えられるだろう。」”


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