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キリスト教のお話です
RAPT | キリスト教がミトラ教から誕生したという大嘘。ミトラ教は悪魔教であり、悪魔崇拝者たちが悪魔教の要素をキリスト教に混入していったのです。
以下、上記事より引用
“また聖書の中に「キリストの肉を食べ、血を飲むものは救われる」と書かれてあり、これが悪魔教と共通しているという人がいます。悪魔教もまた子供たちを生贄に捧げ、その肉を食べ、血を飲むからです。
しかし、イエス・キリストはここで本当に「自分の肉を食べ、血を飲め」とは言っていません。彼は自分の肉と血の代わりにパンとぶどう酒を弟子たちに与えて食べさせています。
要するに、キリストが皆の代わりに悪魔の生贄となり、十字架にかかって死ぬので、皆はキリストの代わりとなるパンとぶどう酒を口にすれば、悪魔の生費になる必要はないと言っているのです。
したがって、悪魔崇拝者たちが人間の肉を食べ、その血を飲むのとは全く意味合いが異なります。
恐らくイエス・キリストはこの当時から既に、多くの子供たちが悪魔教の生贄とされていることを知っていたのでしょう。だからこそ、自分が身代わりになると言って、悪魔崇拝者どもの中に割って入り、自ら十字架に貼り付けにされたのかも知れません。
そうやって他の人の代わりに自分が悪魔の生贄となったのです。”
“神は、宣教という愚かな手段によって信じる者を救おうと、お考えになったのです。……(中略)……神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。”
新約聖書「第一コリント人への手紙」1章21節、25節より
“十字架の言葉は、滅んでいく者にとっては愚かなものですが、わたしたち数われる者には神の力です。
それは、こう書いてあるからです。
「わたしは知恵ある者の知恵を滅ぼし、/賢い者の賢さを意味のないものにする。」
知恵のある人はどこにいる。学者はどこにいる。この世の論客はどこにいる。神は世の知恵を悪かなものにされたではないか。
世は自分の知恵で神を知ることができませんでした。それは神の知恵にかなっています。そこで神は、教というかな手段によってじる者を救おうと、お考えになったのです。
ユダヤ人はしるしを求め、ギリシア人は知恵を探しますが、わたしたちは、十字架につけられたキリストをべ伝えています。
すなわち、ユダヤ人にはつまずかせるもの、異邦人には愚かなものですが、神の愚かさは人よりも賢く、神の弱さは人よりも強いからです。
兄弟たち、あなたがたが召されたときのことを、思い起こしてみなさい。人間的に見て知恵のある者が多かったわけではなく、能力のある者や、家柄のよい者が多かったわけでもありません。
ところが、神は知恵ある者に恥をかかせるため、世の無学な者を選び、力ある者に恥をかかせるため、世の無力な者を選ばれました。
また、神は地位のある者を無力な者とするため、世の無に等しい者、身分の卑しい者や見下げられている者を選ばれたのです。
それは、だれ一人、神の前で誇ることがないようにするためです。
神によってあなたがたはキリスト・イエスに結ばれ、このキリストは、わたしたちにとって神の知恵となり、義と聖といとなられたのです。
「誇る者は主を誇れ」と書いてあるとおりになるためです。”
新約聖書「第一コリント人への手紙」1章18~31節より
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